夫の留守に
「今日も図書館で勉強?」
「休館日なんです」
そう言って、裕之はためらうように足元に視線を落とした。
メロンを持ってきただけじゃなくて、なにか由美子に話があるみたいだ。
由美子は、ふと母親のような気持ちになって、聞いてみた。
「どうかしたの?」
「今日も、暑くなりそうですね」
裕之の返事が、まるで大人の挨拶のようで可笑しいと由美子は思った。
「今日は家で勉強?」
「ええ、それが、エアコンが壊れていて、修理にくるのが午後なんです」
(ああ、それで、メロンを持ってうちにきたのね)
少年のかわいい行動を微笑ましく思いながら、裕之が期待しているであろう言葉をさりげなく言ってあげる。
「エアコンが直るまで、うちで勉強してたら?」
「いいんですか」
中学三年生の裕之は体格はもう大人と同じくらいになっていても、顔には子供らしさが残っている。
二十八歳の由美子からみたら、自分の子供と思うにはちょっと大きいけれど、大人の男にはまったく見えない。
夫の留守に他人を家に上げることに対する警戒心は働かなかった。
勉強道具を持って出直してきた裕之は、リビングのテーブルにそれを広げて勉強を始めている。
由美子は洗濯物の残りを干してしまうと、風呂の掃除を始めた。
(あっ、いけない。またTシャツを濡らしてしまったわ。お風呂の掃除って苦手なのよね。濡れたついでにシャワーを浴びてしまおうかな)
いつもは掃除が終わってからシャワーを使うことにしている由美子だったが、今日はリビングで勉強している裕之の邪魔になるだろうと、掃除をしていなかった。
仕事をしてたときは休みの日にしか掃除機をかけなかったのに、毎日家にいると義務のように感じて家事の手抜きができない。
(専業主婦も、それなりに大変なんだわ)
今まで思いもしなかったことに気づかされる由美子だった。
熱めのシャワーを頭から浴びてシャンプーもしてしまう。
(そろそろ美容院に行こうかな。髪がうっとおしくなってきたわ)