専業主婦になった理由
洗濯物がはためくベランダを見ながら、ため息をついた。
「まだ十時なのに、家事が全部終わってしまったわ。
夕方までなにをして過ごせばいいんだろう」
(他の専業主婦の人たちは、みんなどうしているのかしら)
結婚して五年目で、由美子は初めて専業主婦になった。
理由は子供が欲しいから。
本当は仕事を続けながら子供を育てるのが由美子の理想だった。
だけど、「子供がなかなかできないのは奥さんの仕事が忙しすぎるせいもあります」
なんて医者に言われて、「そうかもしれない」と思ってしまった。
(だって、本当に私のしていた仕事は忙しかったんだもの)
大学を卒業して大手出版社に就職した由美子は、社内で有能な編集者と認められていた。
高倍率の就職試験に受かったのは、なによりも由美子の実力のたまものなのだった。
そんな由美子が社会人二年目で結婚した相手は、同じ大学の同級生。
付き合いも長く、友達の延長のように自然に夫婦になった。
夫は某二流電器メーカーに勤める地味なサラリーマンだ。
給料は由美子のほうが多かった。
だけどそれを気にするようなプライドを持ち合わせている夫ではない。
そういうところにこそ由美子は好感を持ったのだ。
穏やかで細かいことを気にしない夫の性格は由美子にとっては好ましいものだった。
友達に言われたような、頼りないとか、男らしくないとか、そんな不満を夫に対して持ったことは一度もない。
(なかなか子供ができないことを相談すると、みんなどうして私が夫に不満を持っていると思うのかしら。
「ご主人が淡白なんでしょう?」とか「夜のほうはうまくいってるの?」なんて聞かれて何度顔を赤くしたかわからない。
そんなこと聞かれて答えられるわけないじゃないの。
それに私は不満に思ってなんていないんだから。
自然にまかせていれば、そのうち妊娠するという程度には夫婦生活だってしているんだし。
私も夫も、そっちのほうの欲求は強いほうじゃないから、ちょうどいいと思っていたんだけど、子供ができないこととは関係ないわよね)
テレビをつけたまま、ボーッと考え事をしているうちにいつのまにか十二時になっていた。
「えっ、もう、こんな時間?」
誰もいないのに、声に出して思っていることを言ってしまってから、由美子はあわてて口を押さえた。
(いやだわ、いつのまに私ったら、ひとりごとを言うようになったんだろう)
(たまには外でランチでもして、ちょっと早いけど夕飯の買いものもしてこようかな)